2009年3月29日日曜日

Awapuni Racing Club




楽しいな~♪草競馬~♪♪♪


家から、車で3分のところ、パーミー(Palmerston North)のAwapuni Ward (アワプニ区)の西部、に、
アワプニ(Awapuni)競馬場がある。パーミーは、マナワツ(Manawatu:マナワトゥーとtuを強く発音)地方(region)の中心の市で(人口77000人ほど)、この競馬クラブは、マナワツ地方にたくさんある競馬クラブが共同で経営している競馬クラブだそうだ。


クリスマスとイースターの頃大きなレースが催されるので、年に1~2回出かけて、雰囲気を楽しむことにしている。一昨年のクリスマスの頃のレースは、たくさんの人がお祭り気分で凝った衣装を身に付け、練り歩いたり、パンツ1枚の(中には真っ裸の)男性たちが競馬さながら走る競技とか、趣向を凝らしてとても楽しかった。

昨日のレースでは、特別仕立ての帽子や衣装を身につけた女性や、ダンディーさを競う男性のファッションコンテストが、レースの合間に催され大いに盛り上がった。私は、馬のことは良く分からないので、賭けはしないけど、遥かかなたに、マナワツ風力発電の白いタービンが林立する山並みを背景に、緑が美しい芝の競馬場で、毛並みが艶々と健康そうで美しい競走馬たち、そしてそれを応援する人たちをウォッチングをするのはすごく楽しくて大好きだ。
(写真上:競馬場、下:ファッションコンテスト参加の女性たち;クリックして拡大できます)

2009年3月26日木曜日

Helen Clark and UNDP

今朝のニュース
ヘレン・クラーク国連開発計画のトップに推薦される
朝寝覚めのラジオ放送で、前首相ヘレン・クラークが国連開発計画(
UNDP:United Nations Development Programme) のトップ(総裁)に推薦された、というニュースが聞こえてきた。国連で3番目に重要なポストだという。

・・・まだ、ヘレン・クラーク氏のコメントはないが、クラーク氏がこのポストを受け入れれば、これまでNZからマイクムーア(Mike Moore) が WTO の Director-Generalになったのが最高で、世界の重要ポストでNZ人として初めて彼女が最高のポストに付くことになる。ヘレンクラークは、以前から国連で仕事をすることに強い関心を持っていた・・・・
NZ Heraldより)

この3月に、
ケマル・デルビシュ国連開発計画(UNDP)総裁 が、私的事情を理由に2期目を辞退したこ とで、クラーク氏に白羽の矢が立ったようだ。今回のクラーク氏推薦は、当然の結果だと思う。NZの首相として、9年間、彼女は、失政どころか、国民の間で絶大なる人気を失うことなく、惜しまれて退陣した。石油産油国からの利益をむさぼるために神の名を使って他国に戦争を仕掛け、侵略し、結果、自国の経済を疲弊させて赤字大国に追い込んだ、どこか国の悪名高い大統領とは大違いだ。世界的にも、このような長命リーダーの存在は、奇跡的?!!これはひとえに彼女の人柄と、積極的な行動によるものだろうし、推薦は環境問題や平和問題への尽力 を自国民だけでなく世界に認られた結果だろう。彼女が、まだまだどこかで活躍して欲しいと思っていたのは私だけではないらしい。まずは、とても喜ばしいニュースだ。

2009年3月24日火曜日

Amaryllis belladonna


野生のアマリリス
(3月のユリ・裸の婦人)

庭の枯れ木の根元に、今年もピンクのユリのような花が咲いた。昨年、同じ場所に突然4本茎がニョキニョキ伸びてきたかと思ったらそれぞれの茎に5~8本美しいユリ様の花を咲かせた。根元に大きな球根が少し見える。アマリリス?

アマリリスの球根など植えた覚えはないのに何故?お隣のお庭にも、道路際の樹の根元のあちこちに同じ花が咲いている。やはり、植えたわけではないらしい。この季節、庭の隅や、花壇、公園や川沿いの土手などに、突然、濃いピンクから淡いピンク色のこのアマリリスがぽつんとあるいは群生して開花しているのに気付く。

不思議に思って調べてみると、どうやら南アフリカ原産の野生のアマリリス・ベラドナ(Amaryllis belladonna、belladonna は beautiful lady の意)のようだ。
「・・・南半球で、夏の終わり、2月~3月に咲くので、March lily(3月のユリ)とも呼ばれる。直径6~8センチはありそうな大きな球根を形成する。岩の間に群生することが多い。1本の茎から多いもので12個の花を咲かせる。葉は花が終わった後に出てくる。葉がないので、別名 naked lady(裸の婦人)とも呼ばれる。冬にはやがてこの葉も枯れてしまうが、この葉から球根は栄養分(starch:澱粉)を吸収して蓄え冬眠する。夏の終わりにまた茎が伸びてきて美しい花を咲かせる・・・」
一般に育てられているアマリリスは、この野生のベラドナを改良したものらしい。
タンポポなどの種が風に乗って何十キロも旅をしてあちこちに芽を出すのは分るが、どうやって、球根があちこちに根付くのだろう?
「・・・大型の蜂や蛾によって受粉した種が風に乗って運ばれ、あちこちに帰化するものと推測される・・・」
とある。(そうよね、風が球根を運べるわけないもんね。球根も元々は種なんだ~!)球根は種物屋さんで買ってくるもの、と思い込んでいた無知さに赤面(ノ;_ _)・・・

そう言えば、聖書に「神の仕業は理に適っていつも美しい」といった意味の言葉があった。自然の仕組み、生の営みは、ほんとうに神秘的で感動的。どうか来年もこの”美しい裸の婦人”が、たくさん開花してくれますように。

2009年3月22日日曜日

Festival of Cultures


エスニックカルチャー・フェスティバル
3月21日(土曜日)、街の中心スクエア(Square)で国際色豊かなエスニックカルチャー・フェスティバル(Festival of Cultures )が、催された。例年の行事で、テントの架設舞台では、エスニックな楽団の演奏や歌で賑やかだ。スクエアの中一杯に並んだテントには、エスニックフード、衣類、飾り物などが出店、たくさんの人々が食べ物をほおばりながらお祭りを楽しんでいる。
フードコーナーの前は、お昼過ぎとあってどこも行列ができている。お腹が空いていたので、とりあえず、どんな食べ物があるか見て歩く。おや?今年は、日本食の出店がない。去年は、お好み焼きのお店が大人気だったのに・・・そう言えば、浴衣を着て歩く IPC(International Pacific College)の学生らしき若者もひとりもいない。IPC名物の和太鼓の演奏もないようだ。何とも寂しい限りだ。目立つのはインド、フィリピン、マレーシア、イランなどの食べ物店。チャパティ、ケバブ、など買ってほおばりながらお店を覗いて回る。
NZは、政治難民を受け入れ、厳しい審査はあるが移民を受け入れる国だ。移民はそれぞれの出身国別に組織を作って、ともすると閉鎖的になってしまうようだ。チャイニーズ・ソサエティ、ジャパニーズ・ソサエティ、インディアン・ソサエティなど、それぞれの組織内での交流は盛んだが、なかなか本当の意味で欧州系、マオリ、その他のNZ人との交流は難しいのかもしれない。このフェスティバルも、こういった移民と、肌の色、言語、文化や宗教の違いを乗り越えて平和共存をしていこうという政府や自治体の努力のひとつのようだ。

2009年3月20日金曜日

Hot Cross Buns


イースターのパン
3月に入ると、パン屋さんで、ホットクロスバンズ(Hot Cross Buns)を見かけるようになる。イースター(Easter)に食べる十字のかざりがついたパンだ。昨年作って失敗したので、今年は、頑張って美味しいのを作ってみようと思い立った。インターネットで、検索すると、レシピは、千差万別。どれがいいか分らないので、砂糖を減らしたり、あれこれ、編集したマイレシピで焼くことにする。

材料:
1.牛乳 (milk):250cc(温めておく)  
  ドライイースト (yeast):大さじ2  
  砂糖 (brown sugar):ひとつまみ

2.強力粉(high grade flour):450g 
  シナモン (cinnamon):大さじ2 
  ナッツメッグ (nutmeg):小さじ1 
  塩 (salt):小さじ1 
  砂糖 (brown sugar):40g

3.卵 (eggs):2個(溶きほぐす)  
  バター (butter):40g(溶かす)

4.レーズン(currants):100~150g(今回干しクランベリーを使用) 
  レモンの皮(lemon zest):1個分刻んでおく

5.艶出し(glaze):卵1個に少し牛乳を入れて溶く

6.クロス用生地:小麦粉大さじ3
           バター20g
           水適当

7.シロップ(syrup):大さじ1をお湯で適当に薄める       

作り方:
1.1、人肌に温めた牛乳にドライイーストと砂糖ひとつまみを入れ、よく混ぜ、しばらく置いておく(10分~適当)。

2.その間に、2、を計り、よく混ぜて、1、を入れ、3、も入れ、よくこねる。

3.手に粉がつかなくなるまで、よくこねる。弾力とツヤが出るまで、頑張って、たたいたり伸ばしたりしながらこね続ける。干しクランベリーと刻んだレモンの皮を入れてさらによくこねる。(ここまでパン焼き機でやれば簡単)

4.こねたもの(dough) を、大き目のボールに入れラップをして温かいところに置く(一次醗酵)。

5.2倍くらいに膨らんだら、粉をまいたまな板(か何か)の上に置き、押してガス抜き。形を四角に整え、ナイフで4本に切り、1本をまた4個に切って、丸めて16個のバンズを作る。

6.オーブン用のトレイに油を塗り薄く小麦粉を振り、16個を間隔を置きながら並べる。ナイフでトップに十字の切込みを入れておく。少し湿らせた布巾を掛けて暖かいところに置いて、二次醗酵させる。

7.醗酵を待つ間に、6の十字架用(パイ皮用生地)を作る。6を混ぜ、冷蔵庫に少し寝かせておく。粉をふったまな板の上で細く(幅:1センチ弱、厚さ3ミリほど)薄く伸ばす。

8.二次醗酵がうまくいったら(行かなくても)バンズに5、のグレイズを刷毛で塗り、十字の切り込みに沿って7、のひもを十字に乗せていく。十字の上にも刷毛でグレイズを塗り、200度に予め熱しておいたオーブンに入れて焼く(約20分)。

9.好みで、熱々のパンの表面に、お湯で薄めたシロップを刷毛で塗ってもよい。
10.熱々を、半分に切ってバターを塗って食べる。
反省:一次醗酵で、すごく膨らんだのに、二次醗酵がいまいち。多分、気が短くて、うんと膨らむまで待てなかった(30~40分?くらいて焼いてしまった)のが原因?で、小ぶりのバンズ。でも、柔らかくて味は上々。スコーン(scones)状になった去年より、進歩?・・・

2009年3月17日火曜日

NZの隅々を旅するの記5-終章


2007年11月1日(木) 
CHC~
  Palmerston North

朝、チェックアウトし、荷物をフロントに預けてオクタゴンに出かけた。建物の裏に回るとドアがあり、入っていくと、マネジャーはいなくて、事務員らしき女性がいた。事の次第を説明すると、すぐ中に入れてくれ、あれこれ建物の歴史を説明してくれる。姉は、ステンドグラスの写真を撮りまくる。書き忘れていたが、長姉は、CHC3日目、10月26日、モナベールのお庭でステンドグラス窓のついた小さな建物を見つけては写真を撮り、またその後、夕方、大聖堂で聖歌隊のコンサート(Chapel Choir)があり、私たちは少年聖歌隊の美しい歌声を聞く機会に恵まれたのだが、そのコンサートが終わって、大聖堂の中のステンドグラスの窓を撮りまくっている。

しばらくして、昨日のマネジャーが犬の散歩から帰って来た。その犬は、いきなり私たちに擦り寄ってきたので、頭を撫でると、今度はお腹を出して撫でてというしぐさをし、とても人懐っこい。彼は、その様子を見て、「日本人の女性から譲り受けた犬なので、あなた方が日本人だということが分って懐かしがっているのでしょう。」と冗談交じりに言う。どうやらこの穏やかな紳士は、オクタゴンの経営者だったようだ。彼は、歴史的建物を(*ウェブサイトによると1993年に)買い取ってライブ&レストランにし、成功しているのだろうが、一向に儲け主義でない、芸術や音楽をこよなく愛する人のようだ。また機会があれば是非訪れてみたい。

オクタゴンに別れを告げ、時間が少しあったので、街の中をまた貪欲に散策。アートセンター(Art Centre)を覗き、アートギャラリー(Art Gallery)で来年のカレンダーを買ったり、お土産を買ったりした後、体験のためにトラムカーに乗ってぐるりと市内を回った。短距離だけど、夜の食事で乗るのと違ってまた、趣があって楽しい。やがて、空港に行く時間。ホテルから乗ったシャトルバスは、4人で20ドルと言った。空港から乗った時35ドル取られたので、ずいぶん損したような、特したような。何で~??こう違うの!!! 何はともあれ、あれこれ、楽しかったかしまし4姉妹南島の旅も今日で終わり。

13:20発、プロペラ機で私の住むパーマストンノース(Palmerston North)に出発。その後、5日程、のんびりと、静かなパーミーで過ごした3人の姉たちは、それぞれの思い出を胸に、11月6日、朝一番の飛行機でパーマストンノース空港からオークランド空港経由で帰国した。
(*2007年10月24日~11月1日までの南島旅の記はこれにてお終い)

2009年3月13日金曜日

NZの隅々を旅するの記5-8b


2007年10月31日(水)続き 
クライストチャーチ(CHC)最後の夜

4時間20分程の列車の旅はあっという間だった。駅前からシャトルバスに乗り込み、市中心街にあるクエストホテルに再び戻り1泊。今度の部屋はホテルフロントの上階にあり、以前の部屋よりずっと良かった。姉たちは、大いにこのアパートメントホテルが気に入ったようだ。日本にも、こんなホテルがあればいいのに、としきりに言う。

夕食は、一度はここでと、かねてより思っていた、オクタゴン*Octagon:ホテルのすぐ近くにある古い石造りの建物:1873年に建った聖三位一体英国教会:Trinity Anglican Churchだったもので、この歴史的建物をライブ&レストランにしている)に行くことにした。ここは、食事をしながらライプを楽しめるところだ。

中に入ると、フォーマルスーツに身を固めた上品な紳士(マネジャー?)が出てきたので、「予約をしていないのですけど食事できますか?」と訊ねたら、「今あってるライプが終わったらご案内しますからそれまで2階でお待ちください。」と、丁寧にご案内いただいた。入り口すぐ横の階段を上がっていった所は、中2階(*メザニンフロア: mezzanine floor)になっていて、いくつか丸テーブルと椅子が置いてあり、既に2~3人椅子に座って待っている人たちがいた。手すりから建物の中の様子を観察。重厚な木材を組み合わせた高い天井や壁。正面にはパイプオルガンのパイプが金色に輝いて目立つ。両側に明り取りの丸い窓とステンドグラスの装飾窓。1階のテーブル席はほぼ満席で、パイプの前のステージでは女性歌手が歌を歌っていた。やがて、その歌手のステージが終わり、テーブルが半分以上空き、先ほどのマネジャーが来て皆を下の席に案内してくれた。私たちは、パイプオルガンの真ん前の席に案内された。

次の出演者は、盲目の男性パイプオルガン奏者。すぐ目の前で、演奏を始めた彼の手を食い入るように見ながら、眼が見えないのに滑らかにキーをたどる指に感嘆する(*音楽に詳しい姉によると、パイプオルガンは、横の方にあるストップレバーなども操作しなければならないので、ピアノ演奏よりもっと大変だとのことだ)。崇高で美しい演奏と、上品な量と味のお料理に(いつもお皿に乗った大量の食べ物に辟易してるので)感動した。マネジャーが、時々様子を見に来ては、あれこれ説明してくれる。お薦めビールは?と訊ねてみると、Captain Cook が作ったのが始まりと言う Spruce Beer*マヌカやリムなどのNZネイティブの樹を使った)など、一般にあまりお目にかかれないCHCの地ビールを紹介してくれた。彼は、(映画「プリティウーマン(Pritty Woman)」に出てくる高級ホテルのマネジャーみたいな)とても洗練された人だ。長姉は(ステンドグラス制作が趣味の一つで)周囲のステンドグラスの飾り窓にとても関心を持ち、写真を撮りたいという。そのことを、マネジャーに話すと、「明日朝、10時に裏口にいらっしゃい。中を見せてあげます。」と言う。姉は、もう大喜び。

最後に会計(ライブ付きなのに、お料理と飲み物を入れて4人で$140で、席料も取らないし、とても良心的)を済ませ、最後の夜をこんな素敵なレストランで過ごせたことを感謝し、マネジャーに心からお礼を言って、明日の再会を約束しホテルに戻った。

2009年3月10日火曜日

NZの隅々を旅するの記5-8a


10月31日(水) Punakaiki ~Tranz Alpine ~CHC
出発前に、時間があったので、またパンケーキロックスに行って見たが、やはり海は穏やかで、しぶきの上がるのを見ることができなかった。昨日、バスを降りる時、運転手さんが、「明朝グレイマウス駅に行くバスに乗るなら、事前にバスの連絡事務所に連絡すればホテル前で止まって拾ってくれる」と言ったので、昨日ホテルから連絡してもらったが、「ホテル前の乗車はできない、ワイルドコーストカフェ(Wild Coast Cafe)が乗り場だからそこで乗車しなければ駄目だ」と言う。このカフェは、パンケーキロックスの前にあって、そんなに遠いところではない。でも、上りの坂道で、かなり交通量の多い曲がりくねった道をそれぞれスーツケースを抱えて行くにはつらいものがある。結局、ホテルに、そのカフェまで送ってもらうようにしてもらった。チェックアウトしてすぐ、運転手さんが車で早めに迎えに来てくれて、まだ、時間があるからと、近くの観光ルートをドライブしながら案内してくれたのには、感激した。その後、ワイルドコーストカフェで軽い昼食を摂り、インターシティバスに乗りグレイマウス駅へ。(*今インターシティの時刻表を調べてみたら、このカフェの次にホテルの前でも停まるようになっている。何で~~??!!泊り客が多くなって要望が多くなったからだろうか?

グレイマウスは、前述(10月29日)のMonteith's Beer の醸造所があるところだ。グレイマウス駅に着き、チケット、と言ってもインターネット予約でプリントしたA4の紙、を4枚出したら、最初の1枚だけ見てすぐ席番号をくれた。それを持って並んで荷物を預けた後(少し大きい荷物は、預けなければならない)しばらく時間があったので、売店をブラブラ。姉たちは絵葉書と、ここでしか買えな切手を購入。日本の家族に出すという。

13:40発のトランツアルパイン号に乗り込んだ。列車の中に食堂車はあるが、ミートパイなど出来あいの軽食と飲み物が買える程度だ。海岸の町グレイマウスから、列車は、モアナ(Moana)やオティラ(Otira)など、いくつかの小さな駅に停まりながらだんだん上って行く。東西を分ける山脈の東側は、昨日まで西海岸を通り抜けながら見たニカウやポンガの緑豊かなブッシュから、一転して、低い樹木の、あるいは赤茶けて、ごつごつ岩の突き出た乾いた山肌が多くなる。山間をだんだん列車は上って行く。オティラ駅を出ると、やがて南アルプスを突き抜ける長いオティラトンネル(8,550メートル)に入る。

トンネルを抜けると、やがて海抜約740メートル、鉄道の最高地点にあるアーサーズパス(Arthur's Pass)駅。停車時間に外に出てみる。あいにくの小雨で濃霧に包まれた冠雪の南アルプスの山並みが煙って見える。アーサーズパスを出ると眼下に、南アルプスを源とするワイマカリリ川(Waimakariri River)。ここからは高架橋(5)やトンネル(16)が多い。小雨の中、ワイマカリリ峡谷を眼下に見下ろしながら走る。はるか眼下に峡谷を削りながら曲がりくねって流れる川が、雨量が少なかったのか、ところどころ砂地になっては途絶え、また川になる。と、いつの間にか、列車は低い平地を走って、やがて羊や牛が放牧されているカンタベリー平野が眼前に広がっていく。と思う間もなく夕方6時頃、CHC駅に到着。

4時間30分程の列車の旅(約230キロ)はあっという間だった。駅前からシャトルバスに乗り込み、市中心街にあるクエストホテルに再び戻り1泊。今度の部屋は別棟で以前の部屋よりずっと良かった。姉たちは、大いにこのアパートメントホテルが気に入ったようだ。日本にも、こんなホテルがあればいいのに、としきりに言う。
(上写真:グレイマウスを出てすぐの車窓から)

2009年3月6日金曜日

NZの隅々を旅するの記5-7b

              (Pancake Rocks)

10月30日(火)続き Greymouth~ Punakaiki
西海岸(West Coast)は、年間通して雨量の多いところで、西と東を分ける山脈の西側は、NZ特有のニカウ(Nikau :NZ特有の椰子の樹)やポンガ(Ponga:ファーンの樹:*このブログのタイトルの写真がポンガ)が密生したブッシュが続く。東側は、逆に乾燥して赤茶けた山肌が多い。

ポンガやニカウの密林(bush)を右に、紺碧のタスマン海を左に見ながら、バスはいくつものUピンカーブの道路をひたすら走り、やがて午後2時過ぎ、プナカイキに到着。運転手さんに予めホテルの名前を言っておいたので、ホテルの前で我々4姉妹を降ろしてくれた。
ホテルは、海岸沿いの崖に段々に建っているロッジ式ホテル、プナカイキロックスホテル&ビラ(Punakaiki Rocks Hotel & Villas*現在 Punakaiki Resort に名称変更になっているようだ)。この辺りは、あまりレストランもないので、着いてすぐホテルのレストランに夕食を予約。部屋は、海岸に向かって道から降りた斜面に建っているいくつかの並んだロッジのひとつ。クイーンサイズベッドが二つ。ベランダから見下ろすタスマン海の水平線が、何だかなだらかな丸みを帯びているようで、地球の一部だということを感じさせる。

パンケーキロックス(Pancake Rocks)は、ホテルから300メートルくらいのところにあるという。荷物を置いて早速行ってみた。道路から突き出た岩石の公園?みたいなところだ。名前のようにパンケーキを幾重にも重ねたような茶色く荒削りの岩だらけの景観を見ながら、迷路のような道をたどっていく。真ん中辺りの一番高いところから周囲を展望してみる。海は穏やかで風もなく、左右に長く広がるビーチは、人っ子一人いないし、ゴミ一つ落ちていなくて美しい。でも、どの岩の隙間からも水が噴出す様子はない。どうやら、大潮の満ち潮の時、しかも天候が余り良くないときで、波が荒い時でなければ岩の間から吹き上げるしぶきを見ることはできないらしい。満ち潮の時間がホテルのロビーに書いてあるのを後で気付いたが、時間的に、1泊では潮の吹上を見るのは無理だということが分った。パンケーキロックスで噴出するしぶきを見たいなら、大潮の時間帯の下調べをして、しっかり予定を立てて来なければいけない。
夕食までのひと時、ホテル前の海岸を散歩する。石がゴロゴロした海岸で、どの石も波に洗われて丸くスベスベしている。ホキティカで売っていたマグネットはこれらの石ころを使ったものだろう。白い石や縞模様の大理石のような石が多く、あまりきれいなので、次姉はたくさん拾って日本に持って帰ると言う。「石で、荷物の従量制限超えるんじゃないの?」と言うと、「その時は捨てて帰るからいいの。」・・・ま、お好きなように。

今夜は特別オーダーした、ワインクーラーに冷えたNZ産のスパークリングワイン(sparkling wine)リンドァ ロゼ(Lindauer*これ、スーパーで10ドルくらいで買えて安くて美味しい) で乾杯。つまみは次姉の好みで必ずテーブルに乗るポテトチップス。水平線に沈む夕日を見ながら、例のごとく何品かシェアしての食事は格別だ。

2009年3月4日水曜日

異国で雛祭り


3月3日は雛祭
昨日(3月3日)、朝早く国際配達便(cuorier post)が届いた。福岡のお友達からだ。ワクワクしながら開けてみる。中身は心づくしの梅干、胡麻ドーフの素、文庫本2冊、それに雛あられ。うれし~!!ありがと~!そう言えば今日は3月3日。ひな祭りだ。ひな祭りなど、長いこと祝ったこともないけど、急に里心ついて(?)、そうだ!私もかつての女の子、今夜はひな祭りのお祝いをしよう!

早速、いただいた秋月の葛粉と練り胡麻で胡麻ドーフ作り。冷凍しておいたカツ節と干し椎茸の出しの残りがあったのでそれに牛乳を加えて熱しながら練ること10分。タッパーウェアに入れて氷水で急冷し冷蔵庫へ。

次は、押し寿司作り。丸い底の抜けるケーキ型にクッキングペーパーを敷き、ミックスサラダ菜(lettuce salad leaves)をその上に敷き、その上に黒豆酢でほんのりピンクに染まった寿司飯を敷く。そのまた上に甘酢に浸けた小エビ、ツナ缶のツナにカツ節、胡麻、梅干を混ぜたもの、をきれいに並べ、その上にスライスしたアボカドを並べて敷き、レモン汁をかけ、またその上に寿司飯を重ねる。その上に薄焼き卵の細切りを隙間なく乗せ、電柱(?)キューリの薄切りを放射状に並べ、その上に赤い色のスモークサーモンを下の卵の黄色とキューリの緑がきれいに見えるよう並べていく。ラップをかぶせ、別の丸いケーキ型の底を上にかぶせギュ―っと押して出来上がり。冷蔵庫に入れてしばらく寝かせておく。

冷えた胡麻ドーフに練りワサビを乗せ、出し醤油をかけてパクリ。オイシ~~~~!!!何年ぶりだろ~!こんな美味しい葛胡麻ドーフ!!

押し寿司をケーキ型の底ごと抜いてお皿に置く。付け合せは、梅干(今日頂いたもの)、ショウガの甘酢漬け(新しくできたスーパーマーケットで買ったもの)、木耳の佃煮(姉からもらったもの)。さて、お味の程は?ウ~ン、ケチってお徳用のくずスモークサーモンを使ったから、イマイチ見た目がネ~・・・・でも、お味は上々!と、自画自賛しながら食した後は、雛あられのデザート。ごちそうさま~!
和食がやたら懐かしい気分になるこの頃だ。

2009年3月2日月曜日

NZの隅々を旅するの記5-7a

( Arahura River & bridge)

10月30日(火) Fox Glacier ~ Hokitika~Greymouth
朝、8時半発のインターシティ コーチバス(InterCity coachlines)に乗り、プナカイキへ。CHC から Queenstown、Queenstown から Fox Glacier までの路線は、Newmans Coach bus だが、Fox Glacier から西海岸を行く路線は InterCity になる。プナカイキで2泊するつもりだったが、プナカイキまで行くには、乗り継ぎ時間の関係でFox Glacier か Franz Josef Glacier(フランツジョセフ氷河)で1泊しなければならず、やむなくFox Glacier に泊まったといういきさつがある。網の目のように鉄道網やバス路線が張りめぐされて、いつでもどこからでも飛び乗れる便利な日本からすると、NZは、列車もバスも長距離はたいてい1日に1本しかないから、乗継などの計画をうまくしないと、とんでもないところで無駄足を踏むといったことになる。

途中、ホキティカ(Hokitika)で休憩時間があったので、街を散策。ジェイド・ファクトリー(Jade factory)を見学。NZ特産の翡翠(グリーンストーン:マオリ語でPounamu)の加工販売をしている大きなお店だ。石を削る行程など説明を聞いた後、製品は買わずもっぱら眼の保養。お店の一角で、海岸で取れる丸いきれいな石に絵を描いてそれをマグネットや置物として売っていたので、姉は、石マグネットをお土産にといくつか買い込んだ。

Hokitika からまたバスに乗り込んで、グレイマウス(Greymouth)を出たところで、アラフラ川(Arahura River)に架かる珍しい木造の鉄道と道路が共同になっている橋(Arahura Combined Road & Rail Bridge 1887年築)を渡った。せまい1レーンのその橋には、レールが敷かれていて、列車と車は、その橋(上部は木造)を共同で使わなければならない。もちろん1レーンなのでどちらかが通っている時は橋の前で待たなければならない。橋の両側に信号はない。見通しが良いから、向こう側に車も列車もないことを確かめてから渡ることになる。バスの運転手さんの説明では、昔、NZには、経費節約のために、あちこちにこんな鉄道と道路が一緒の橋が建造されたそうだが、この橋は、実際まだ使われているいくつか数少ない橋の一つらしい。この付近は今も、特に交通渋滞などとは縁が無いので使われている。人口の少ないNZならではの、こののんびりした歴史的木造鉄道路橋にいたく感心してしまった。観光化して、この橋がなくなったりしませんように、と願わずにはいられない。